母乳で育てることは、母児ともにいくつかのメリットがあるいわれています。
次の妊娠に動くためには(妊娠率を高めるためには)、
まずは断乳をすることが必須となりますので、早めの断乳を考える方もいらっしゃるでしょう。
年齢や卵巣機能低下など様々な事情により、早期に不妊治療を再開する希望の場合は
授乳期間を十分に設けられないこともあるかと思いますが、
授乳による母児に対する好影響を把握しつつ、断乳時期を決めることは大事かと考えます。

この項では、断乳をすべき理由、母乳育児による母児への影響をそれぞれ分けて述べていきます。

妊娠したいなら断乳すべき理由とは

授乳により分泌が促進され、それにより妊娠率が下がる原因となる①プロラクチン、②オキシトシンという二つのホルモンがあります。

①授乳などの刺激により、乳汁分泌を促進するホルモンであるプロラクチンの分泌が増加します。
これにより、視床下部からのゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の分泌は抑制され、結果として卵胞発育を促す黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌が減少します。
このため、卵巣においての卵胞発育が抑制され、排卵が遅れる、または停止することにより、生理が止まったり、妊娠率が低下することにつながります。
この状態は「授乳性無月経」と呼ばれます。

②授乳により、下垂体からオキシトシンの放出が促進されます。
オキシトシンは、子宮収縮を促すホルモンであり、胚移植の着床率を下げる可能性があります。
ただ、①と比べて妊娠率を下げる作用は限定的と考えます。
子宮に対してオキシトシンが作用発現するためには、オキシトシン受容体の発現に依存します。
オキシトシンは、出産後の子宮収縮を促し、産後出血を減らすために必要ですが、
子宮筋層のオキシトシン受容体の発現は出産後に大幅に減少し、授乳期間中にさらにその数を減らしていきます。   (内分泌学1996,137(2))
また、授乳中であったとしてもオキシトシンの分泌量は産後約3か月ほどで有意に減少したとする報告もでています。        (Leake RD, Obstet Gynecol 1983.62(5))

高度な子宮収縮は胚の着床に悪影響を及ぼす可能性がありますが、それを断定するほどの根拠は確認されていません。逆に、子宮収縮運動の一部は妊娠成立に関与している可能性も示唆されており、オキシトシン作用が0になることはないですし、その必要性もないようです。

主には①の理由から、次の妊娠を考えたければまずは断乳し、元のホルモンバランスに戻すことが重要となります。搾乳などの乳汁分泌を促す行動は、①②を促しますので、断乳していないのと同義ですので気をつけましょう。
断乳終了後、視床下部-下垂体-卵巣系、ひいては排卵を起こす機構は約30日で再開するといわれています。個人差はあると思いますが、断乳から2.3ヶ月後ころに元通りの月経が再開すると予想されます。

母乳育児による母親への好影響

米国生殖医学会では、生後6ヶ月間は母乳のみで育てることを推奨しています。
(何らかの理由で母乳をあげられない場合は、この限りではありません。)
その理由の中には、母体へ好影響であることも含まれています。
具体的にいくつかの報告をあげていきます。

授乳期間がある程度長くなると

・乳がんのリスク低下  Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer.Lancet, 2002)
乳がんに関する47の疫学研究をメタ解析した結果、
授乳経験のある女性は、ない女性に比べて乳がんリスクが明らかに低かった。 

・卵巣がんのリスク低下  (Danforth KN. American Journal of Epidemiology, 2007)
授乳は排卵を一時的に抑えるため、卵巣上皮へのダメージが減り、卵巣がんリスクが低下する可能性があります。この論文では授乳期間が長いほど、卵巣がんのリスクは減少したと報告されています。

・高血圧・心血管疾患のリスク低下  (Tschiderer L. Journal of the American Heart Association, 2022)
授乳は将来の高血圧、心血管疾患、脳卒中のリスクを下げる可能性があります。
この論文では、母乳育児を行った女性は、心疾患・脳卒中・心血管死亡のリスクが明らかに低かったと報告しています。

・糖尿病のリスク低下 (主に妊娠糖尿病既往の方)  
妊娠糖尿病既往のある女性において、授乳期間が長いほど将来的な糖尿病リスクが低下すると報告しています。授乳によってインスリン感受性が改善されることで、2型糖尿病の発症リスクが下がると考えられます。      (Gunderson. JAMA Internal Medicine, 2015)
妊娠糖尿病既往がない方に関しても、1年以上授乳経験のある女性は約15年間の追跡で、ほとんど授乳しなかった女性に比べて2型糖尿病のリスクが約15〜20%低かった。(Stuebe AM. 2005, JAMA)

・産後うつのリスク軽減  (Figueiredo B, Archives of Women’s Mental Health, 2012)
授乳中はオキシトシンやプロラクチンといったホルモンが分泌され、ストレス緩和や精神安定効果があるとされています。授乳により産後うつのリスクを下げることは多数報告されています。
授乳中の女性は、非授乳女性に比べて産後うつのスコアが有意に低い。特に母乳育児の継続期間が長いほど、精神状態は安定傾向。   (Figueiredo B, Dias CC 2012)
イギリスの大規模調査データを使用し、授乳は産後うつのリスクを統計的に有意に低下させる。ただし「授乳を希望していたができなかった母親」は、かえってうつ傾向が強くなることもある。
(Borra C, Iacovou M, Sevilla A 2015)
授乳がうまくいかない(乳房痛・乳腺炎・搾乳ストレス・睡眠不足)などの場合、産後うつのリスクがむしろ高まることがあるので、無理する必要はないことを知っておくことも重要ですね。授乳そのものというより「授乳へのプレッシャー」「うまくできないことの葛藤」がストレス、うつリスク因子になと考えられます。

上記のように、一定の授乳期間を持つことで
成人病関連のリスク、卵巣がん、乳がんの発症リスクが低減される可能性、
精神的な安定につながると考えられます。

母乳育児による子供への好影響

母乳による子供への良い影響として、健康的な事柄と、発達的な事柄があげられます。

・母乳には、免疫グロブリン、ラクトフェリン、種々のサイトカインが含まれており、
赤ちゃんの免疫機能を強化、腸内細菌叢の安定、感染症リスク軽減などに関する可能性が示唆されています。     (Healthy children.org. Breastfeeding Benefits Your Baby’s Immune System)


母乳育児は、赤ちゃんの認知機能の発達にも寄与する可能性があります。
・3ヶ月以上母乳で育てられた子どもは、言語能力や問題解決能力のスコアが高い傾向がある。  
      (kyoung Min Kim. InternationalBreastfeeding Journal 2020)
・長期間の母乳育児は、子どもの言語的および空間的認知スキルの向上と関連している。
      (Oxford population health.2022 )


上記のように母乳で育てることにより、母児ともにメリットがあります。

次の妊娠に動くためには、まずは断乳することが必須となりますので、
断乳が遅くなることは次の妊娠にとっては大きなマイナスになるかもしれません。
早めの妊娠をとるのか、授乳期間をしっかりとるのかの判断は非常に難しい問題です。
とりあえずいえることは、実際に授乳してみないとわからないことはとても多いと思いますので、
事前に考えすぎずに、その場になってカップルごとに答えを出すしかないでしょう。
ただ知識として上記の事は把握しておくことには意味があると思いますので、
今後の不妊治療を考える一助になれば幸いです。