不妊治療成績は施設により異なる

ART治療の成績が施設によって大きく変わることを知らない人は多いのではないでしょうか。
ART治療の作業工程のほとんどは細胞培養です。
細胞を採取する、そして採取した細胞を大きく育てて戻すまでの工程で、
医療者は多くの選択を迫られ、決断実行をしていきます。
この工程の中で、医師や培養士の知識・技術、培養機材の水準によって、
結果となる妊娠率は大きく変わってきます

日本の医療水準は全体的に高く、世界トップレベルにあると言えると思いますが、
医療行為の中で成功率に最も差がでる分野は、不妊治療ARTではないかと考えています。
元々自費診療で行われていたことに起因しますが、ART診療を行っていくための規則はあまり厳しいものではありません。ある程度簡単に始めることができますし、その診療行為内容についての
縛りもきついとは私には思えません。
例えばART施設を開院するための基準は、特にARTに造詣がない産婦人科医師が、
経験の浅い培養士見習いと組んでも開始できてしまうのが現状です。
(今後、生殖医療専門医(不妊治療専門資格)が必須となる動きはあります。)

一方で、臨床・研究において研鑽を続け世界的にも認められている施設もあり、
ARTにおける医療現場毎の格差はかなり強いと推測しています。
ART施設は日本全国で600以上あり、人口当たりの施設数は世界1位です。
しかし、多くは首都圏、都市部に偏在しており、郊外では不妊治療を受けることが
難しいという方もいらっしゃると思います。そのような背景であれば、近隣で治療が受けられるだけでもありがたいという面もあるかもしれません。
しかし、高水準な施設であれば、治療期間の短縮や、最終的に妊娠できるかどうかという結果が変わる可能性があるという事は、知っておくべきかと思います。

この項では、私がART成功率は施設によって変わってくると言い切っている根拠について説明していきます。

ART成績が施設によって異なる説の根拠

Fertility and sterility 2019 
Preimplantation genetic testing for aneuploidy versus morphology as selection criteria for single frozen-thawed embryo transfer in good-prognosis patients: a multicenter randomized clinical trial.  

2019年報告された論文のご紹介をしていきます。
米国、カナダ、英国、オーストラリア 34施設において、
ART治療を行っている330名の女性から得られた良好胚盤胞2178個を着床前診断(PGT-A)した。
その中で、施設毎に染色体正常率・染色体異常率を集計したところ、
かなり差異がでてくることが判明した。
※PGT-Aとは、胚凍結前に胚盤胞の細胞数個を採取し染色体分析を行い、移植する胚の染色体が正常核型かを事前に調査し、胚移植における成功率をあげるという技術。

表の説明
上段 Aは、施設毎の女性患者年齢の分布を表しています。  
  縦軸 濃青色は若年群 (25-34歳) 
     薄青が高齢群 (35-40歳) の割合を表しています。
  横軸 施設を番号で表しています。
下段 Bは、各施設での胚盤胞における染色体正常胚の割合を表しています。

この表から言えること
A 各施設で若年群、高齢群の割合に差がある程度みられる。
一般的に若年群では、獲得胚の染色体が正常である確率が高齢群と比較して高い。
各施設が全く同じ医療レベルであればBの折れ線グラフは、
Aの濃青バ―と同様の推移をみせるはずである。
しかし、実際には施設5.6のように若年群の割合が高いにも関わらず、染色体正常胚の割合が低い施設がある。
逆に施設3,4,11では、若年群の割合が低いのに染色体正常胚の割合が高い傾向が認められた。

最も成績が不良な施設6は正常胚を得られる確率は約25%。
年齢分布が同等な施設2をみると正常胚がえられる確率は約57%である。
両者の間には少なくとも胚移植成績に2倍以上の差が出ると予想されます。
さらに、施設2よりも施設3,4の方がより成績はよいと考えられるので(若年群の割合が低いのに正常胚割合は大きく差がないことより)、施設6との差はさらに大きなものであるといえる。

上述の解説から、
今回の論文に参加した施設の間には、2~3倍のART成績格差があるといえます。
ART周期の形成内容、培養内容次第で、胚の染色体異常の発生率が変わるかもしれないと示唆される結果です。
医師レベル、培養レベルによって、つまり施設によって妊娠率が変わることは、確定事項と認識しましょう。

これだけでも結構ショッキングな結果なのですが、ここでよく考慮すべき点としては、
今回参加した施設は、世界的にもある程度著名な施設であり、PGTも実施できるレベルの施設であることです。
海外では、医療施設は集約化、センター化されていることが多く、
不妊治療も大規模に行われていることが多いです。
いわいるそれなりの規模の施設であるのに、ART成績が2-3倍も変わってくるわけです。

日本に目を向けますと、ART施設は個人開設が多く、それなりのレベルを担保できていない施設もあるかもしれません。
日本はART施設数が海外と比較して非常に多く、当然差も大きく広がるでしょう。
日本では今回の研究報告よりも、施設間で大きな差が出ていると考えるのが自然と思います。

PGT 細胞採取画像:
胚盤胞の中で、将来胎盤に分化する部位から細胞を採取し、染色体分析を行う。

胚移植不成功における主な原因は、移植胚の染色体異数性によるものといわれています。
染色体異数性の発生原因は母体の減数分裂エラーによるものであると考えられており、
母体年齢上昇によりこのエラーが起こる可能性は顕著に上昇します。
そのため、女性の高齢化によって妊娠率が下がるわけです。

ただ施設間によってここまで大きく差が出るのであれば、
結果が伴わない場合の理由として、
年齢的な因子でどうしようもないという他に、
施設レベルが高くないという理由が隠れている可能性があることは
頭に入れておくと良いのではないでしょうか。